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高松地方裁判所 昭和36年(ワ)297号 判決

原告 中村義視

被告 国

国代理人 大坪憲三 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一、申立

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し、金七九、四八六円およびこれに対する昭和三六年一二月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人らは、主文と同趣旨の判決を求めた。

第二、主張

原告訴訟代理人は、請求原因として次のとおり述べた。

(一)  原告は、昭和三六年一月二八日訴外鈴木寛から粳玄米一〇〇俵を買受け、同日、その代金四四二、〇〇〇円を支払うと同時に内八〇俵を、同年二月一日に残り二〇俵の各引渡を受けて、その所有権を取得した。

(二)  そして、同年一月二八日に、右粳玄米八〇俵の中の四〇俵を、訴外平山博志をして、高松市香西町神在港まで輸送させたところ、同所において、右平山は食糧管理法違反被疑事件として検挙され、右粳玄米のうち二二俵は、高松警察署司法警察員によつて押収され、更に右押収品はその後換価され、右換価代金七九四八六円は押収のまま高松地方検察庁に移管された。

(三)  原告は、右事件について食糧管理法違反罪により昭和三六年三月一七日高松地方裁判所に起訴され、審理の結果、同年七月七日有罪判決の言渡を受け、右判決はその頃確定したが、右判決には換価代金没収の言渡はなかつた。

(四)  従つて、右換価代金は、当然換価された粳玄米の所有者である原告に還付されるべきであるのに、高松地方検察庁は、所有者不明のものとして刑事訴訟法第四九九条により公告の上、昭和三六年九月一一日国庫に帰属させる処分をしたため、原告は右換価代金七九、四八六円の還付を受けることができなくなり、右同額の損害を蒙つた。

(五)  検察庁の右処分行為は、次に述べるように主任検察官田村進一郎の故意または過失による違法なものである。

すなわち、検察官として、押収物件の所有者が誰であるかを認定するについては、諸般の事情を充分考慮してなすべきであり、仮に、原告が、刑事事件において、同人が所有者であることについて疑いを差しはさむような供述をしていても、それは被疑者ないし被告人となつたものが、浅慮にも罪責を免れまたは軽減されんがためであることは、実務上往々見受けられるところであるから、かかる供述にまどわされるべきではない。原告が、訴外鈴木寛から前記粳玄米を買受け、即日代金全額の支払と引換えに引渡を受けてその所有権を取得した事実、並びに原告と後記被告主張の氏名不詳者との関係は単なる内部関係或は買受行為の動機にすぎないことは、刑事事件の記録上極めて明瞭である。従つて、担当検察官としては、当然、原告に対し右換価代金を還付すべきであるのに、これを所有者不明と認定し、前記処分行為をしたことは明らかに故意または過失に基く不法な行為である。

(六)  よつて、原告は、国家賠償法第一条第一項により、被告国に対し、損害賠償として金七九、四八六円およびこれに対する弁済期の経過後である昭和三六年一二月二九日(訴状送達の翌日)から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告の売買契約無効の主張に対し、食糧事情の激変した現今においては、食糧管理法の解釈も当然変遷すべき余地があるのであつて、同法違反の売買契約を無効に解すべきでないと述べた。

被告指定代理人らは、答弁として次のとおり述べた。

(一)  請求原因第一項中、原告の主張日時に、原告と訴外鈴木寛との間に、原告の主張するような契約の内容についての合意が成立し、原告主張のように代金の授受と粳玄米の引渡がなされたことは認めるが、右売買契約は、原告が氏名不詳の和歌山県深日の男の代理人として締結されたものであつて、原告は右粳玄米の買主ではない。仮に、原告が、買主であつたとしても、およそ粳玄米は、食糧管理法にいう主要食糧の一種であつて、同法およびこれにもとづく命令によつて、法定の除外事由のない限り、私人間の譲渡は禁止され、しかも、同法は強行法規の性質をもつものであるから、同法に違反してなされた売買契約は、民法第九〇条に規定する公序良俗に反する行為として無効と解すべきところ、前記売買契約は、同法第九条第一項、同法施行令第七条、同法施行規則第四〇条に違反する無効な契約であるから、原告はその所有権を取得することはできない。

(二)  請求原因第二、三項は認める。

(三)  同第四項中、高松地方検察庁が、原告主張の粳玄米の換価代金七九、四八六円を、所有者不明として、所定の公告手続を経た上、原告主張の日に国庫に帰属させる処分をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(四)  請求原因五項は否認する。担当検察官が、換価代金について還付を受けるべき者の所在が判らないものと認めて所定の手続をとつた理由は次のとおりである。

検察官は、原告を、昭和三六年二月一七日および同月一八日に取調べているが、その結果によれば、原告は、昭和三六年一月二七日に、これまでよく来ていた闇米ブローカーである氏名不詳の深日の男から、「米を一〇〇俵どこかで買つてくれ」と依頼され、直ちに訴外鈴木寛に電話で交渉して米一〇〇俵を買う契約をしたが、原告としては何も口銭をとる意思はなく、その男の代りに好意的に右鈴木から買つてやつたもので、その価格の交渉については、訴外鈴木のいう一俵四、四二〇円でよいかをその場で深日の男に問い、それでよいと云うのでその価格で買う返事をしたのであつて、その代金についても米の引渡を受ける前に、三五万円を深日の男から受取り、その余の九二、〇〇〇円は、原告が深日の男のために一時立替えてやることにして訴外鈴木に支払つたことが認められ、他にこれを覆えすに足る資料は存しなかつたのであるから(訴外氏名不詳の男は、所在不明であつて、これを取調べるに由ない状態であつた)、原告は深日の男の代理人として、訴外鈴木寛と売買契約をしたものと認めざるを得ない。従つて本件粳玄米の所有権は、訴外深日の氏名不詳の男に帰属することは明らかであり、しかも原告自身本件換価代金は訴外氏名不詳の男のものである旨検察官に対し自認していたものである。それ故検察官が本件換価代金は、訴外氏名不詳の男に還付すべきものと認め、所定の手続をとつたことは、もとより適法であるといわなければならない。仮に、原告が本件換価代金につき、正当な還付権者であるとしても、前述のように、検察官は、原告に対し、特にこの点について詳細な供述を求め、この供述を基礎にして事実関係を認定し、しかもこれが法律判断をなしたうえで、本件処分をなしたものであつて、担当検察官がかかる処分をしたことに、故意はもとより、通常なすべき注意義務を怠つたかどは全く存しない。

第三、証拠〈省略〉

理由

本訴請求は、原告が昭和三六年一月二八日訴外鈴木寛より粳玄米一〇〇俵を代金四四二、〇〇〇円で買受け、その所有権を取得したことを前提としているところ、被告は、仮に原告が右粳玄米の買主であるとしても、右売買契約は、食糧管理法第九条第一項、同法施行令第七条、同法施行規則第四〇条に違反した無効な契約であつて、原告は右粳玄米の所有権を取得することはできないと主張するので、この点について判断する。

成立に争いのない甲第三号証の三によれば、原告は、前記鈴木寛より前記粳玄米を買受けたと主張する当時において、いわゆる闇米のブローカーをしていた事実が認められ、右認定を覆えすに足る証拠はないこと、原告が買受けたと主張するこめ玄米の数量が一〇〇俵という多量であること等より考えると、仮に、原告が右粳玄米の買主だとすれば、原告は、法定の除外事由なく営業の目的をもつて右粳玄米を買受けたものと推認するに十分であり、かかる売買契約は、食糧管理法施行規則第四〇条に違反するものであることは明らかである。

そこで、右施行規則第四〇条に違反した契約の効力について考えるに、同規定は、食糧管理法第九条第一項を授権規定とし、同法施行令第七条を根拠として制定されたものであり、正規の経路以外からの営業目的をもつてする売渡又は使用に供するための米穀の買受を禁止する規定であつて、国民の主要食糧の確保および国民経済生活の安定を図ることを目的とする食糧管理法およびこれに基づく諸規定の中でも重要な機能を有するものであることは多言を要しないところである。従つて前記規定に違反した売買契約は、私法上においてもその効力を認めない法意と解するのが相当であり、現今の食糧事情の好転を考慮に入れても、なおいわゆる強行法規としての性格を有するものであつて、右規定に違反する売買契約は、無効であるといわなければならない。

そうであるから、仮に、原告主張のように、原告が訴外鈴木寛より本件粳玄米を買受けたとしても、かかる売買契約によつては、原告は、右粳玄米の所有権を取得することができず、従つて、右所有権取得を前提として、被告国に対し、損害賠償を求める本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないことが明らかである。

よつて、原告の本訴請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 浮田茂男 原政俊 出嵜正清)

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